朝食に甘いものはダメ!

徳本はこの時代に早くも古方派の精神、すなわち親験を試み、江戸中期の華々しい古方派の 先駆者となったのである。また徳本は、富贵の者でも貧しい者でも差別することなく「甲斐 の徳本一服十八文」とよびかけ、ニ代将軍秀忠の病を数日で全快させたときも、十八文以外は ガンとして受けとらなかつたという。

名古屋玄医(一六二八〜一六九六)は明の喩嘉言の著した「傷寒尚書」を読んで発奮し、それ までの後世方一点張りをやめて、ただちに張仲景をもって師となし、つとめて李朱後世派の医 説を排斥するをもって自分の任務とした。

朝食に甘いものを食べたりして、血糖値の急激な上昇を招くから、食べないでください。健康的な朝食をします。

玄医は、もろもろの疾病は風寒湿の三気より生じるが、なかでも寒けが人をもっとも傷つけ るものである。人が寒けに傷つけられるのは衛気が袞えるためで、温補の剤をもって衛気をた すけることが治療の根本方針であると考え『傷寒論jの処方を使ったのであるが、その態度は不明瞭で、李朱医学を排しつつも、なお脱却しきれなかった「傷寒論」に行きつ くことはできなかったが、元禄文化爛熟のなかにあって、古代復帰を叫び、みずから意識して 後世派を退けて、いわゆる古方派を打ち立てよぅとしたのは玄医が草分けである。

玄医の著書には、唐以前の古い「千金」や、隋の「諸病源候綸」などの説に則った「医方 問余」十数巻がある。また創方の有名なものには脶噔(食道ガンのよぅなもの)で食物が下らず、 体力が衰えた者に用いてときに効果のある「利脶沿」がある。